大刀剣市に参加行ってきたよ 2017.11.19

せっかく書いてたのに下書きのままになってたなー、驚いたなー、もう投稿ボタン押すしかないわー、って押しました。

はい!

 

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11/19は大刀剣市へ行ってきました!

 

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居合でお世話になっている先生に「こんなイベントもあるよ~」と教えていただき、いずれ本身(真剣)扱うかもしれないなら自分がどんな刀に惹かれて使いたいと思うのか、近い距離で見に行ってみようと思い、訪ねてみました。

あと本身のお値段相場の見学(大事)

 

遅い時間に行ったのでカタログ無かったのはちょっと残念だったけども入場料500円で入れました!

 

初めてきましたが、会場入ってすぐに神社や美術館以外でこんなにお宝ゴロゴロしてるものかと驚きましたね。

百万、千万単位の二、三度見みしちゃうお値段がずらり。

 

とりあえずフラフラ~っとブースを覗き回っていたら一つのところでお声を掛けて頂いて、何振りか手に取らせて頂きました。

 

冒頭でも少し書きましたが、刀を近くで見るのは神社仏閣美術館の展示が圧倒的に多くて、何度か現代刀を見たことはあるんですけど刀身のキラキラ具合がなんというか、若々しい(?)感じは個人的な好みとはちょっと違うかなぁと思っていました。

ただこの時に待たせていただいた昭和の刀匠の一振りは小ぶりでしたが品のある古刀の雰囲気を纏った直刃の綺麗な刀で、一目見て触れて大変心揺れました(笑

ひとまずその場はパンフレットいただいたので改めてお店に行こうと思いました。

 

僅かに未練を残しつつまたまたフラフラ~っとしてたら、古備前の友成さん置いてあるブースあって、既に売却済みって話が聞こえてえ、売ってたの??そして買ったの??

別世界な話に驚きつつ旅立つ前の立派なお姿を暫しブースの前で眺めさせていただきました。

 

そうこうしながら見知ったお姿を発見。

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(写真掲載許可済み)

前記しました、居合でお世話になっている森光廣刀匠

 

光廣日本刀鍛錬所

 

鎌倉・南北朝時代相州伝を目標に作刀されているそうです。

 

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短刀を見せていただきまして、とても綺麗でした

 

こちらの“全日本刀匠会”ブースでは現代刀匠の方々がそれぞれ作刀された刀の他にも玉鋼を使ったペーパーナイフ、文鎮、筆、ネックレス、そして銘切りの実演販売も行われていました。

 

なかでもミニチュア鍔のネックレスが女性に大変好評で、あっという間に完売したそうです。見たかったしちょっと欲しかった

 

来年はもう少し数を増やして準備してこようかと考えてらっしゃるそうなので、今夏購入出来なかった方は来年早い時間に行った方が良いですよ!

 

あと「重いですよ」と持たせていただいた筆。

長く筆をお持ちになってたくさん書く方には確かに重いかもしれないと思いましたが、一筆だけ気持ちを込めて、とかであれば全く気にならない重さでした。

しっとりと鉄が掌や指に馴染む感触が良かったです。

 

写真撮らせていただけばよかったと今更に浮かれてて忘れてました(ー ー;)

 

先生のブースを失礼した後、再びフラフラぐるぐる巡り「もしかして刀剣女子?」と聞かれたところで一文字や森記念秋水美術館で見た何とか東明の粟穂の目貫を見せて貰ったり、別のブースでは「入り難いかもしれないけどお店にも来てね」ってパンフレットいただいたり。

 

あっと言う前に終わりの閉会の時間が迫り、あちらこちらで少しずつブースの片付けが始まっていたので一足先に会場を後にしました。

 

会場を出て、少し感覚がマヒしているような気がしました。

 

お値段にしてもそうですけど、やっぱり自分にはまだ一個人が刀を所有するって感覚があまりわからないというかまだ新鮮というか(個人蔵と書かれているものを見たりはしますけど)

 

また矛盾かもしれませんが“欲しいと思う気持ち=扱いたい”でもあるので、何というか……こんな気持ち抱いた武将達もいたに違いない。

 

清麿、志津、青江、一文字、陸奥守、和泉守、大和守、長船派、来国行、粟田口……etc

 

まだ全然知識も無い私ですら名前を知ってる刀がゴロゴロしてて、しかも売ってる、買ってる。

 

こうして幾年にも渡り継がれていき、また同時に失われてもいったのかなー、とか思ったり。

 

私が行ったのは最終日の午後でしたが、会場には外国人の方々が多く目立っていました。

そして出店者の方々皆さん英語が堪能。

 

長い時を経たものを所有するということは同時に次に継ぐ、時間を繋いでいく責任が生じる。

 

日本人って、例えば100年前を想像した時に、同時にその100年前から更に前の時間(歴史)を感じているところがあって、幾年の月日にじんわり胸に染み渡るような感傷を抱いたところに歴史の重みを感じているところがあるんじゃないかなーって。

あくまでも今の私のイメージですけど。

 

海外で言えばアンティークの文化に近いのかなと思うのですが、なんとなく似て非なるものな気もします。

 

昔なにかの授業で「海外の“GOD”と日本の“神”は根本的に違う」と聞いたことがあって、確かになぁと思った記憶があるのですか、これは多分それに近い感じ?

 

海外の方はどんな感覚なんだろうな。

 

ひとまず、この日の目的の一つである実際に居合で使える刀のお値段相場を見る、は何というか“どれも使えるけど自分の考え方一つ”だったので、もっと色々見て触っていこうと思いました。

 

物は「使い潰す(大事にするを前提に)」のと「後世に遺していく」どちらが幸せなのでしょうね。

 

って、こうやって物に心があるかのように違和感なく思う自分の心も不思議。面白いなぁって思います。